見て感じるベトナムの旅!
(2022年12月22日〜2023年1月1日)
成田空港からハノイ・ノイバイ空港へ
★12月22日
12時00分:我が家を出発。総勢6名。タクシーで南流山駅へ。南流山駅から京成成田空港線のアクセス特急で成田空港駅へ。
19時18分:ANA-NH0897便、ハノイに向けて離陸。座席は満席だった。
★12月23日
1時03分:ハノイ・ノイバイ国際空港着。Tの妹の旦那が迎えに来てくれていた。
2時20分:タクシー2台でマンションのあるVinhomes Ocean Parkへ。
3時00分:マンション到着。これから2023年1月1日までベトナムでの生活が始まる。
23日の夜は、Vin Oceans Parkを電動車で回るイブニング・ツアー。イルミネーションがすごい。ここは、日本で言うと海浜幕張を更に新しくしたような街だ。でもハノイの市街までは少し遠い。車で40分ほどかかる。




いよいよヴィンへ・約6時間のバスの旅!・
★12月24日
マンションを朝6時45分に出発し、マイクロバスでヴィンへ向かう。Tの妹家族と弟も一緒。車はフォード車、運転手は飛ばし屋だ。途中、朝食休憩、トイレ休憩を取る。トイレの前にはお金を入れる箱が置いてある。1人2000ドン(約10円)から2500ドン払う。トイレも有料なのだ。Tの実家へ到着。夜は親戚等が30人位集まり宴が始まる。宴後は3人はホテルへ。
★12月25日
午後写真館へ向かう。ベトナムの衣装を着て、一家の写真撮影。撮影終了まで3時間半かかる。






ハノイへ戻る!
★12月26日
Tの実家からハノイのマンションへ戻る。
★12月27日
ホーチミン廟、文廟へ。Yは具合が悪くマンションで留守番。夜、八王子の兄とLINEで交信。ネット環境はとても良い。
★12月28日
妹宅でディナー
★12月29日
3人で市内のKホテルにタクシーで向かう。Kホテルの支配人に挨拶後、徒歩で文廟へ。Yが途中、具合が悪くなったので、ホテルに戻り、そのままタクシーでマンションへ引き返す。
★12月30日
午前中はショッピングセンターへ。夜、妹夫婦とホアンキエム湖へ。YとKはマンションで留守番。
湖畔は日本の浅草と銀座を兼ねたような街だ。大きな舞台ではバンド演奏もしていた。年末ということで外国の観光客も多い。マンションに戻ったのは22時20分。チビ達もよく頑張った。



いよいよハノイを去る!
★12月31日
午前中、Kと買い物。夕方4人で散歩。
18時00分:マンションからノイバイ空港に向かう。妹夫婦も同行。空港の荷物チェックで2人が引っかかる。預けたトランクに充電用のバッテリーが入っていた。バッテリーは手荷物に入れなければダメだった。
23時55分:搭乗開始
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1月1日0時34分:ハノイ発
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成田着
空港の検疫は結構厳しかった。
ベトナム雑感!
★社会主義の国という印象はほとんどない。そう感じたのは、ホーチミン廟でホーチミンの亡骸像を見る時だけだ。さすが周囲の警備はすごかった。
★バイクはベトナムの文化の一つなのかもしれない。バイクが日常生活の道具になっている。電車等の交通網が整備されいないからでもあろう。走っている車もバイクも新しい物が多い。バイクもとてもカッコいいバイクばかりだ。アフリカのコンゴに3回行ったが、その時は、ボコボコの車の中をたまにベンツが走っているという光景を見てきた。ベトナムではボコボコの車などほとんど見なかった。
★ベトナムは進化している真っ最中。新しいものと古いものとが同居している。かつての日本のような活気が感じられる。
★どこの家にも豪華な仏壇がまつられている。仏教が市民生活に根ざしているのだろうか?仏教の宗派はあるのだろうか?よく分からない。
★マンションにもホテルにも、そして自宅にもお風呂に湯舟はなかった。シャワーだけだ。湯舟につかるという習慣はないようだ。
★ポケトークはたまにとんでもない訳し方をするが、それなりに活用できた。写真撮影の前、女性陣がお化粧をしている間、男性陣だけでベトナムコーヒーを飲みにカフェに行った。その時、弟を介して、向こうのお父さんとポケトークで会話した。こちらは「これはベトナム語でなんというのだろう?」とベトナム語に興味があったが、向こうの人は日本語にそれほど興味があるようには思えなかった。街の看板を見てもベトナム語だけで、英語や中国語での表示はほとんどなかった。日本だと英語や中国語やハングルの表示は至る所にある。
★コロナ禍の中でのベトナム行きだったので、6人の中で一人でもコロナにでもなったらどうしょうかと心配だった。しかし、Yがちょっと具合が悪くなったが病院へ行くほどでもなく、他はみんな元気でだったのがなによりだ。そう考えると奇跡のような11日間だったと言える。
★今回訪れたのは、ベトナムと言っても北部と中部の都市である。ホーチミン市のような南部の都市はまた違った様相をしているのだろう。
でも、見て感じてみなけれな分からないということが再確認できた旅であった。




